東京で44年間暮らし、2011年に故郷の熊本での生活を
再スタートしたエッセイストの吉本由美さん。
「もっと九州を知りたい!」と、気になるもの・味・人を訪ねる旅に出た。
エッセイ=吉本由美 写真=編集部


昔の暮らしを
今に伝える〝村〟

一森さんによると、森を含んだ総面積3ヘクタールの敷地には日本各地に残る代表的な古民家が13軒移築復元されているそうだ。〝先人たちが築いた住空間のありようを後世に伝え、昔の暮らしを肌で感じ、それを活用して文化創造活動を行うこと〟を目的に和水町が作り、現在は工房や作家が家屋を借りて作品の制作・販売の場としている。


「まずはここから」と案内してくれた民家村右奥の立派な建物は、家屋面積百十二坪もある旧布施家住宅だ。新潟県上越市安江から移築された、平清盛の義弟の末裔で上杉謙信の重臣でもあった豪農の家という。築300年以上の14室からなる格式高い豪邸を前に、呼吸を整え、目上の客用、普通の客用、家族用(大戸口)、と三つもある玄関の、普通の客用玄関の式台の前で貧相なスニーカーを脱いだ。
部屋に上がるとまず高い天井と大きな梁に目が行く。広い室内は、一部屋にも、板戸と襖で仕切って何部屋にも、自在に使える万能性を持ち、富豪の証しとしてか武家の書院造りの面影をそこここに持つ造りになっていた。布施家が使っていた家具や仏壇も当時のまま設置。無駄な出っ張りもなく、掃除しやすく、清々しい空間にため息が出た。一森さんに2階に上がるよう促され、急階段を踏み外さないよう気を付けて上ると、背の高い西洋人男性が日本刀を持って立っておられたので驚いた。


この方はスウェーデン出身の古賀範介(本名コガ・ハンス)さん。日本刀の美しさに惚れ込んで日本に移住し、修業を重ねて職人となり、平成27年(2015年)からここで刀拵(かたなこしらえ)工房を営んでおられるという。ショーケースには彼の作品、非売品のコレクション、などが並び、作業台が2つあったからお弟子さんがいるのかもしれない。しかし他国でこのような地道な仕事に就き、弟子まで取って、いったい生活は成り立っているのだろうか、と余計な心配をしながら再び一段一段、落ちないよう気を付けて急階段を下りた。昔の階段は奥行きが浅い上よく磨いてあるので滑りやすく、靴下履きの現代人は要注意だ。


能面工房、篠笛工房、ガラス工房、陶器工房、体験工房などに使われている民家をチェックしながら、ちょっと山深いエリアに入った一軒の民家の前で一森さんは足を止めた。そして玄関脇に置かれている大きな釜のようなものを指差して、嬉しそうに「これ、なにか判りますか?」と問うた。もちろん判るので「ごえもんぶろ!」と大声で答えると、一森さん、ちょっと残念そうだ。でもすぐに気を取り直し、「この民家は旧河野家住宅といってすぐそばの和水町瀬川から移築したんですよ。並んで建つお隣も旧山野家住宅といって玉名郡玉東町白木からの移築で、この2つの民家は宿泊できます。希望で、かまどでの炊飯体験や薪の火おこし体験など、昔の生活体験もできます。料金は4人まで1万円で1名増えるごとにプラス2000円です。休憩もできて3時間まで1000円です。夏休みなど賑わいますよ。以前は皆さん下の菊池川で泳がれたあとこの五右衛門風呂を沸かして入っていたんです。今は壊れて使えませんが」と説明された。

次に向かったのは民家村敷地のいちばん南にあたる、木立の中に佇む旧境家住宅。ちょっと高台に建っていた。これも玉名郡玉東町原倉から移築されたもので、江戸時代末期に建てられた熊本県北部地方の民家の特徴である〝別棟型平行二棟造り〟の民家だ。茅葺き屋根の茅の下の骨組みは竹でしっかりと編まれ、それを何本もの緩やかにカーブを描く細目の梁が支えている。北国のどっしりと太い梁の天井に比べると、優しく女性的な雰囲気が漂う。土間には玉名地方で集められた農具や生活道具が展示され、それを窓税対策(当時は窓の数で税金が決められた)で2つしかない小さな窓から差し込む光が薄ぼんやりと浮かび上がらせ、絵画のような光景を作っていた。
さて、いよいよ「kinon café&arts」探訪。旧境家住宅を出て坂を少し下ったところに、やはり木立に囲まれ佇む古民家があって、それが「kinon」。野乃花さんが言っていたように確かに〝森の中〟だった。野乃花さんはいるかしら、ヤッホー! やっと来ましたよ~。


(構成=三星舞)

(つづく)
次回更新は、7月4日の予定です。