東京で44年間暮らし、2011年に故郷の熊本での生活を
再スタートしたエッセイストの吉本由美さん。
「もっと九州を知りたい!」と、気になるもの・味・人を訪ねる旅に出た。
エッセイ=吉本由美 写真=編集部


家族や友だちに食べさせたい
手作りの食べ物

飛び石の続く山道のようなアプローチの向こうに、これも年季の入った古民家が小さな口を開けて建っていた。その小さな口から中に入るとそこは土間のひろがるカフェの店内。右側が靴を脱いで上がる座敷になっていて落ち着いた雰囲気を作っている。エプロン姿もおしゃれなオーナーの上妻貴子さんと挨拶を交わした。


貴子さん、台所雑貨が好きで、昔から私のファンだ、とおっしゃるので恐縮する。そういえば店内至るところに使い勝手の良さそうなキッチン用品が並んでいる。こういう光景を見るのは久しぶり(近年、ショップと呼ばれるところに入ったことがほとんどない)なので郷愁のようなものが湧き上がった。それにしても、昔自分のやっていたことに影響を受けた人たちが大人になり、そのとき得たことを栄養に立派に羽ばたいて下さっているのを知ると、自分の人生それほど間違いではなかったかも…と思えて嬉しくなる。


貴子さんとお喋りしていると、正面カウンターの向こうから笑顔の野乃花さんが現れた。「来たよ!」と言って手を振ると「らっしゃい!」と手を振り返す。ピザ屋で見たときのお嬢さんッぽさは抜け、今日はどこから見ても一人前のカフェの店主だ。さっそく、冬のピザ屋に野乃花・森土の姉弟を連れてきた食いしん坊仲間の折り紙付き「玄米スコーンランチ」を注文。運ばれるまで店内を眺めた。


広い土間には、貴子さんのご主人である木彫家上妻利弘さんの厚く大きな木のテーブルが、ひとつは左の壁際に、もうひとつは手前右側に、最後のひとつは奥中央に並んでいる。
座面や背もたれがそれぞれ形の異なる座り心地良い椅子もご主人の作品。座敷に並ぶいくつかの低いテーブルもそう。土間の入口脇のテーブルにはお客さんが4名、座敷にも2名づつ二組、で計8名のお客さん。平日の午後の、町から離れた地の利の悪いカフェにしては上々の客の入りだろう。


上を見上げるとここも旧境家住宅と同じように、竹で組まれた天井に曲線を描く柔らかな梁が何本もわたっている。ということはこの住宅も熊本県北部地方の民家だろうか。貴子さんに訊ねてみると、うむ、やはり、すぐそばの菊池市七城町山崎から移築された民家とのこと。「旧緒方家住宅といって明和2年(1765年)、だからもう250年以上も前の建物なんですよ。私たちの前も日本画家の方がカフェとして使っていたそうです」と説明してくれた。その画家さん、カフェをしながら絵も飾るため明かりが入らないように窓を閉め切り、室内は今と違ってずいぶん暗かったそうだ。現在は表玄関と脇玄関、お座敷には明かり取り窓のほか庭に面して大きな解放口があり、光の差し込み方、風の通り抜け方など、明るく快適な室内に様変わりしている。そうだなあ、光の差し込み方、風の通り方はアトリエに最適だったかもしれない。


とはいえ古い建造物で、しかも表の道路からは完全に遮断された森の奥に位置し、というどちらかと言えば客商売には悪い条件と承知の上でもここでカフェを始めようと思った理由は何だろうか、と訊ねると、貴子さんは言った。
「そう言えばここを始めて7月でもう4年になりますねえ。もともと、主人の作品を体感してもらえるような、バターナイフや椅子やテーブルを実際に使ってみせるようなカフェギャラリーをやりたいと考えていたんです。そこに和水町から肥後民家村内に出店しないかという話が持ち上がって、下見に来たら…一目惚れでした」。

上妻利弘の作品の木の醸し出すやわらかく温かい空気、上妻貴子が様々な国を旅して集めてきたシンプルでナチュラルな台所雑貨。それらを多くの人に見て欲しい。この家はそういう夫の作品や自分のやりたいことと波長が合うと感じた貴子さん、出店する決心をした。目指したのは〝家族で背伸びせずにできるお店〟。夫の作品と自分の収集品の展示即売、そして食の分野は、たまたま実家に戻っていた野乃花さんに手伝ってもらい、彼女の修業の腕前を披露する、というトライアングルが出来上がった。
貴子さんには持病があり、野乃花・森土の姉弟は幼い頃から台所に立つことが多かったという。そのため食への意識が高まり、安全・安心(こういうと最近の政治家のオハコみたいで使いたくないけど)な食べ物を求めて野乃花さんは修業を重ねた。そして今、〝自分の家族や友だちに食べさせたい、安全・安心な手作りの食べ物〟をモットーに、手間ひまをかけ、心をこめて、料理を作る。

オーダーして10分くらい経っただろうか、奥から森土くんも(今のところイラストレーター兼デザイナー兼店の見習い)現れて、待望の野乃花さん手作り「玄米スコーンランチ」が登場した。父の作ったトレイや器、母の選んだボウルやグラス、と、娘の作ったスコーン、サラダ、スープ、ピクルス、キッシュ、ヨーグルト、ジャム、ドレッシングが並び、父・母・娘の見事なコラボ。

あ、忘れてはならない、バターの隣にいじらしく“いる”のが父親作のバターナイフ「テタール」だ。2007年パリの展示会で発表したときこの名が付いた。テタールとはフランス語で「おたまじゃくし」のことらしい。確かに似ている。ナイフの先(おたまじゃくしのしっぽ)が上がっているので、テーブルに置いたとき下に付かないすぐれものだ。

さて食後感。森土くん担当のスコーンはボリューム感点で食べごたえがあった。野乃花さんの腕前は、見た目だけでなくお味も上々で、日替わりキッシュ(この日は紫玉ねぎとカボチャ)のほこほこ感とピクルスの何とも言えない甘酸っぱさ+ハーブの香りが、早起きの疲れ眠気を吹っ飛ばすくらい美味しかった。ひとつひとつが体に良い材料を使っていると感じさせる地力がある。これぞ〝手間ひまをかけて、心をこめて〟の為せるわざだろう。ごちそうさま。
最後に貴子さんが毎月第4日曜日この庭で開く「小さなマルシェ」の映像を見せてくれた。今年の7月で20回目を迎えるというから立派なイベントだ。庭の木々を使って楽しく飾り付けられたイルミネーション、地元産のオーガニック野菜や果物、緒方エッグファームの卵OMEGA3 Naturels EGG、そのほか、パンや焼き菓子などを生産者が直売している。毎回20店くらい出るそうだ。楽しそうだし、美味しそうだし、体にも良さそうで、今度足(車)が確保できた暁には私もお邪魔しようかと、密かに(車持ちの)友人の顔を思い浮かべた。

kinon cafe&arts
熊本県玉名郡和水町大字江田302(肥後民家村南門すぐ)
0968-57-8025
営.11:30〜17:00(LO16:00)
※ランチは12:00〜14:00
休.月・火曜(不定休あり)

(構成=三星舞)