東京で44年間暮らし、2011年に故郷の熊本での生活を
再スタートしたエッセイストの吉本由美さん。
「もっと九州を知りたい!」と、気になるもの・味・人を訪ねる旅に出た。
エッセイ=吉本由美 構成=三星舞 写真=吉本由美、三星舞


レロトな街
門司港は駅から愉しい


空気持ち良く晴れわたり風さらさらと爽やかな5月のまさにお出かけ日和という日、久しぶりに海風を受けたくなって門司港の街へ行った。約6年の保存修復工事を終えて3月10日にグランドオープンした門司港駅も見てみたかった。17年前訪れたとき格調高い建物に「これが駅だなんて」とすっかり魅了されたのだった。だからリニューアルすると聞いて、過度な観光地化となったら嫌だなと気になっていたのだった。


熊本駅を9時43分発新幹線みずほ604号に乗る。小倉駅で鹿児島本線快速門司港行きに乗り換えるのだ。小倉から門司港駅までの所要時間は15分だから午前11時には門司港駅に着く。乗り換え待ち時間を入れても熊本駅から約2時間で着くのだからけっこう近い。
それにしても“みずほ”は懐かしい車名だ。学生の頃東京往復に使っていたのが寝台特急みずほだった。当時の列車好きが憧れた、いわゆるブルートレインのハシリになるだろうか。そのみずほが姿を消したのはいつ頃だったか。自分が帰郷に使うのは飛行機ばかりになりみずほの存在など忘れていたのに、消えると聞いてやたら惜しがったっけ。勝手なものだ。
さて、門司港駅到着。九州の入口あるいは出口でもある門司港駅のホームは、外見上は以前と変わらず屋根と鉄骨は古めかしい形のまま。ここが九州の行き止まりという終着地のシンボルも昔のままで安心する。個人的見解だけれどここにはどうしても昔どおりに松本清張の空気が流れていて欲しいのだ。


薄暗い改札口から広く明るい構内へ出たときパッと瞳孔が開く感覚。それが、塗り替えられた高い天井や旧切符売り場が明るさを増していた分、以前よりも強く感じられた。目が馴染むまでしばし佇む。構内にはシャンデリアのやわらかな光が降り注ぐ。美しくロマンチシズム漂うこの駅舎はネオ・ルネサンス様式の木造二階建てで、105年前創建され、今や国の重要文化財である。


と思ったら、すごい変化が。以前は待合室だった部屋がスタバに変貌を遂げていたのだ。駅にスタバはもはや当たり前の光景だろうが、ネオ・ルネサンス様式の待合室の中にあるスタバは、20年ほど前北京の紫禁城でスタバを見たときの驚きを思い出させ、何かしらここだけに外国…というかアジアの空気が漂っていた。


2階にはレストランと、かつて大正天皇が休憩あそばしたという貴賓室がグランドオープン後はレストランの個室として利用されている。レストランは高級洋食店として当初からありしばらく休業していた「みかど食堂」が、このたび東京・青山の有名シェフ監修のもと「みかど食堂by NARISAWA」として復活。前に来たときはすでに休業中だったのか入店できなかったから、今回こそは見るだけでもと意気揚々向かったものの運の悪いことに「本日定休日」であえなく退散。貴賓室、天井、壁面、階段などの美しい意匠にため息をつきながら1時間あまりの駅舎見学を終えた。


これが門司港駅外観。日光、箱根、奈良、蒲郡などの古いホテルとも共通する和洋折衷独特の魅力がある。


気になっていた
洋膳茶房を訪れた


約120年前に開港されたという門司港。その周辺には旧大阪商船、旧門司税関、旧門司三井倶楽部、旧JR九州本社ビル(現関門海峡らいぶ館)などの港町らしい歴史的建造物が観光スポットとして整備されレトロな街並みを作っている。前に来たときは駅を含むこれらの古く立派な建物を逐一見学して、どこがどこやら判らなくなったのだった。こういうもの、あまり立て続けに見ると、私のような覚えの悪い人間には、馬の耳に念仏、犬に論語、牛に説法、猫に小判…ということになる、という教訓を得た。
せっかく来たのだから街並み散策といきたいところだが、海風が思った以上に強いく、もうそろそろ正午でもあるし、12時に予約している本日の目的の一つ『洋膳茶房にしき』に急ぐことにした。どこだろうと探していると、おしゃれな白亜の洋館の先に隠れるようにひっそりと、緑に包まれた日本家屋が佇んでいて、そこが「にしき」だった。玄関脇に手書きのメニューが立て掛けてある。カレーグラタンセット1,500 手打ち十割そばセット 2,000 昼膳 2,000 昼のコース 2,700 など書いてある。お腹が鳴る。


竪桟の格子戸を引いて「ごめんください」と叫ぶと、細身のキリッとした女性が迎えてくれて2階の小部屋に案内された。オーナー? それとも奥様だろうか、その女性の言葉少なくテキパキした態度に我々も黙って従いながら、石敷きの玄関からすぐのフロア、やわらかに曲線を描く階段の手摺り、黒光りしている磨き込まれた廊下など、目玉きょろきょろさせて観察…による推測では、玄関からすぐの1階にテーブルが4つほど、2階に座敷が1部屋か2部屋あって、あとは我々が通された小部屋にテーブルが1つくらいと集客数はかなり少ない。どちらかというとこぢんまりした家屋だけれど、木の窓枠、欄間、部屋入り口の戸飾り、襖の引手、天井の木組み模様など建具の意匠が小粋で面白く、普通の民家とは思えないので、今度も言葉少なくテキパキとメニューとおしぼりを手渡すその人に「ここは以前何でしたか?」と訊ねてみた。その人はつっけんどんにも聞こえる口調で「旅館でした」とひと言答えた。無駄口が一つもなくて気持ちいい。そうか、旅館ね、納得だ。たぶんここを常宿とする馴染みの客が数組いて、夫婦でお世話ができる程度の家族的な雰囲気の小さな旅館だったのだろう。我々の通された小部屋は廊下の脇に位置しているから、もとは洗面所だったのかもしれない。表に面して3つの窓があり、窓は玄関脇の桜の大樹の緑に染まり、明るく長閑で、まさしく〝コージーコーナー〟となっていた。


門司港のご当地グルメといえば〝焼きカレー〟。前に来たときもこの5文字をいたるところで見かけた。「海外との貿易港として栄えた門司港の洋食文化を今に伝える一皿」なんだとか。レトロの街エリア内では22軒の店で食べられるそうで、確かに歩いているとあちこちからカレーの匂いが流れてくる。前回は食べていないので今回は入念に下調べをして、材料・料理法に一家言ある『洋膳茶房にしき』に白羽の矢を立てたのだった。焼きカレーだけでなくセットメニューに付いている野菜料理が気になるのだ。さらに自家製粉のそば粉を使った十割そばも見逃せない。なので、「手打ち十割そばセット+ミニ・カレーグラタン」(2500円)を注文した。迷ったあげく編集女史も同じものを頼み、待つこと数分。
いっせいに並ぶのかと思っていたら、香ばしいお茶のあと、懐石料理のように程良い間を置きひと皿づつ登場した。まずは「空豆と茄子と茗荷の塩麹和え」…自家製の塩麹が奥行きを与えて絶妙。次いで豆のポタージュ…至福ここにあり。それから注目の野菜のグリル…滋味たっぷり。次が手打ち十割そば…いけます。そして真打ち、ミニ・カレーグラタンの登場だ。ミニといってもすでにいろいろ味わっている我々には普通サイズと言って充分の量である。猫舌なのでスプーンで掬ってしばらくふーふー冷ました後に恐る恐る口に入れると、何とまあ、想像とはまったく異なる味に仰天。グラタンといってもここのはドリアのタイプで、しかも様々な野菜のほかに、昆布、こんにゃく、餅といったオリジナリティ溢れる具が混ざり、さらに自家製の塩麹がまろやかさを醸し出し、味も口当たりも複雑で不思議、クセになる独特の「焼きカレー」が生まれているのだ。


お料理の〆に有機コーヒーとかぼちゃのプリンをいただいて、味にも量にも満足し、階下に降りた。厨房に「ごちそうさま!」と声を掛けると中からシェフが出てこられ、穏やかな笑顔で挨拶された。優しそうなこの方はきっとテキパキしたあの人のご主人で、夫婦でこの店をやられているのだ。名コンビだ。人にしろ料理にしろ絶妙なる組み合わせとはこういうことかと頷けた。もう一度「ごちそうさま!」と言って店を出た。100パーセント満足できたランチだった。


鉄ちゃんには必見の
鉄道ワンダーランドあり!


さて、膨れたお腹をこなそうと向かった先は歩いて10分にも及ばない『九州鉄道記念館』。明治24年(1891年)に建てられた旧・九州鉄道会社の本社屋(国の登録有形文化財)を中心に、①駅のホームを思わせる展示場に九州で活躍した歴代の名車両9台を展示 ②九州で活躍した車両3台の前頭部展示(いずれも中に入り運転機器の操作可能)③人気列車5台のミニ鉄道前頭部に入り1周130メートルを自分で運転できるミニ鉄道公園 ④明治24年九州鉄道会社が門司駅(現門司港駅)を開業した際、九州鉄道路線の起点と定めた標識“旧0哩標”(旧ゼロマイル)の再現展示、と鉄道ファンなら老若男女ときを忘れて夢中になること間違いナシの鉄道のワンダーランドだ。


前回は時間がなくて来られなかったから今回は満を持しての初入館である。というのも私、恥ずかしながら〝鉄ちゃん〟の末席を汚す程度の鉄道ファンなのだ。それも、写真を撮るとか部品を集めるとかの大それた立ち位置ではなくごく単純な〝乗り鉄〟。なのでこういう乗ったり運転したりと疑似体験のできる施設は嬉しい。まずは車両展示場で、おでこのライトとボディの配色がやたら可愛く大好きな「キハ07 41」に乗ってみた。


次に「スハネフ14-11」という14系寝台車、いわゆるブルートレインに乗ってみる。これはかつて散々乗った機種だから編集女史に経験者ヅラしていろいろ説明する。例えば、「これは2段だけど3段ってのもあったわよ。まるで家畜運搬車みたいだったわよ」とか。とはいえブルートレインは楽しかった。カーテンを引き一人の寝床で一晩中ごとごと揺られ、考え事をしたりうとうとしたり、あげく熟睡しているうちに目覚めれば遠方に移動しているという体験は、飛行機移動より断然文学的で思索的だと思う。寝台特急が完全廃止となったのは何年前のことだったか。残念無念と焦りまくった。のちに超豪華特急列車ができて車内何泊かの旅が可能となったわけだが、超豪華列車ではブルートレインで過ごした一夜の〝孤独の魅惑〟を感じ取ることは不可能だろうなあ。(注・超豪華列車に乗ったことのない、また乗るつもりもない人間の戯言ですが)。


レンガ造りの本館へ入るといきなり目の前に100年前のプラットホームが再現され、明治42年製造という明治の客車が展示されていた。中は三等車内部の復元で、畳の座席や落とし窓などが井上ひさし原作・こまつ座公演の「イーハトーボの劇列車」の舞台装置と重なってより興味深く見ることができた。


2階の常設展示コーナーには名列車のヘッドマークや機種プレート、駅構内のベルや連絡電話や鉄道部品や名物駅弁のパッケージなど、懐かしくも貴重な鉄道関連グッズが所狭しに展示されていた。収集マニアには目の毒というか、咽から手が出そうになるというか、楽しくて帰るに帰れなくなる〝魔の空間〟に違いない。


本物ではない以上私は興味なかったが編集女史が異様にノッて、ミニ鉄道公園の駅舎に進み300円のチケット購入、好きな列車に乗ってくれと言う。運転しているのを写真に撮るからと。列車ったって〝ちびっ子が自分で運転することができる〟が謳い文句の運転席だけのミニ列車だ。いくらチビと言ったって70歳の私が乗るべきモノじゃないだろうと思うのだけれど、頑として引かないのでしぶしぶ乗ることにした。ゆふいんの森、かもめ、つばめ、ソニック、近郊型電車の5種類の前頭部運転席から本日出番となっているのはゆふいんの森とつばめの2種で、じゃあ前々号の日田取材でお世話になったゆふいんの森号にしようと乗り込む。チビな私だがやはりちびっ子用運転席は狭すぎて両足を妙な恰好に折り曲げての出発となった。「へんなところはいじらずにここだけさわって」と駅長さんに言われたとおりに一つのボタンだけを必死に触っていると、頭だけの小さなゆふいんの森号はごとごとごとと進んで行く。カーブを上手に曲がり信号もきちんと守っていると130メートルはアッという間で、すぐに出発した場所に戻った。楽しかったか、でもなかったか、はよくわからない。やれやれと降り立つと次の乗車客が待っていて、何と初老のご夫婦だ。奥様が乗ろうと言い張ったのだろうか、ご主人は苦笑いを浮かべている。ご主人と私、「しかたないですね」という笑顔の目配せを交わしながらすれ違った。そしてレールを見渡せるデッキに上り、ご夫婦の乗ったゆふいんの森号を眺め、近づいたとき手を振り合ったら、運転席の中はとても楽しそうに見えた。なるほど、こういう遊具は外から楽しそうに見えたらそれでいい、のかも知れないな。


お母さんの作る
素朴な焼き菓子を求めて


門司港西海岸の古い建物1階にあるタルトとフランス地方菓子の店『Bion』。白い扉を開けて中に入れば誰もが「あれ? フランスの田舎のお店入ったみたい」と感じるだろう。フランスに行ったことのない人でも、雑誌で知っている、見た覚えのある、フランスの田舎風の室内風景にそう思うだろう。キッチンなど、30数年前までさんざんフランス風インテリアのページを作ってきた私でさえ、あれ、まるで『サンイデー』か『メゾン・ド・マリクレール』(共にフランスのインテリア雑誌)みたいではないか、と思うほどのフレンチ・スタイル。フランスの長閑で乳くさく土くさい田舎の気配が焼き菓子の甘く香ばしい匂いに呼ばれて港町西海岸の一室に充満しているのだ。


決して広いとはいえない店内は半分以上をキッチンが占め、その半分の半分ほどが焼き菓子コーナー、残り半分にテーブル席が3つ並び、通路脇の小型ショーケースにやっとタルト類を発見する。いかに素敵なフレンチ・スタイルでもこれではお菓子屋さんとして狭いなあ、と思っていると、オーナーで焼き菓子職人の寺井きよみさんは「実はもうすぐ、3分くらい歩いた先に引っ越すんです」と言う。もっと菓子工房を広くして受けた注文にこたえられるようにしたい、と。
寺井さんはル・コルドン・ブルーでお菓子作りを学んだとき、フランスの地方菓子に興味を覚えた。家でお母さんが作るような素朴で安全で美味しい焼き菓子。それを専門に作る店が日本には少ないと思った。自分が作るお菓子はそれじゃないかと思った、と言う。
そしてこの街に念願の〝タルトとフランス地方菓子〟の店Bionをオープンしたのが2010年、焼き菓子の専門店として注目された。調理師免許と野菜ソムリエの資格も持つ寺井さんはしばらくの間お菓子をメインとしたランチもやっていたが、菓子BOXの注文がどんどん増えて手が回らなくなり現在ランチは中止している。多忙なことも原因だけれど、今の狭いキッチンでは全国から来る注文をさばききれないのだ。もうすぐ移る新しい店は「もっとたくさん焼くことが出来るキッチンに仕上げてます」と嬉しそうに笑った。


最後に編集女史は季節の果物が宝石箱のように並んだフルーツタルトとアイスのセットを頼み、私はイチジクとプルーンのタルト「ファーブルトン」をいただいた。甘くなく、するりと口の中に溶けていく感覚が心地良かった。


坂道で遊び、
角打に親しむ


海岸通りを西日に向かってしばらく進み、再び『九州鉄道記念館』を目の前に見て、そこからばさりと左に折れて急角度の坂道を上っていくと中央に見えて来るのが『三宜楼』だ。下界を見下ろす閻魔大王のように坂道を上っていく人間に威圧感を与えているのは前と同じだ。昭和6年に建てられた木造三階建ての料亭で、現存する料亭としては九州最大級ではないかと言われている。門司港の繁栄を物語る展示室の品々や〝百畳間〟と呼ばれている大広間など、無料で館内見学ができるらしいが、この威圧感のせいかあまり寄りたい気にはならない。けれどこの下の、中華料理屋を左に見ながらわずかに右側に傾いでいく坂は〝私の好きな坂ベスト20〟に入る。前来たときは営業していた中華料理『萬龍』も現在は移転してここは閉鎖されているのだが、玄関先に置かれた水瓶にめだかが何匹も泳いでいたから、水の取り替えなど、どなたか世話をされているのだろう。


山に向かう坂道を何本か上って下り下って上りしていると膝が笑ってくる。以前はもっとがんがん上れたが、さすがに70歳、無理が利かずにほどほどのところで止めて下った。狭い急激な坂道を下っていると左に可愛らしい旅館発見。『Bion』の寺井きよみさんが「いい旅館ですよ、ご主人と奥様の作られる手作り料理が美味しくて。朝ご飯はお釜で焚いたごはんにたくさんのおかずが並びます」と教えてくれた『むつみ関門荘』だった。ちょうど奥様らしき女性が庭箒と塵取りを持って突っ立っておられたのでにっこりと会釈して、次なる門司港来訪時の足元慣らしをやってみた。
そして4、5歩下った右側に見えてきたのが『魚住酒店』。この一角の電信柱という電信柱に〝角打ちで有名な魚住酒店はこちら〟という広告? あるいは案内板? が貼ってあったのですっかり名前を覚えてしまった。広告の数の多さに比すれば小さ過ぎる店構えだが、吸引力が甚だ強くて、空はまだ明るいのに入りたくなる。


店の前で編集女史と二人うじうじ迷っていると、通りかかった大先輩、見たところ齢85ほどのご老嬢に「あら、入りなさいよ、ここは角打ちで有名ですよ、グッとおやんなさいよ、いい店よ、明るくたってもう夕方よ、おやんなさいよ」と背中を押され魚住酒店の戸を引いた。
「いいですか?」と訊いたら奥からあたふたと出て来た店主(30代後半と思しき青年。奥に母上のような姿が見えたから跡取り息子か)が申しわけなさそうに「すみません、今日は5時から貸切なんで」と言う。「今何時よ?」と編集女史に訊けば「4時過ぎです」との返事なので「じゃ30分、30分で帰りますからお願いします」と無理矢理頼んで、長引かないようビールの小瓶を1本頼んだ。ツマミに枝豆が登場した。


暑かったし、風が強かったし、よく歩いたから、当然ビールは格別に旨い。ぐびぐび行きたいのを懸命に抑えてちびちび飲んだ。冷えた枝豆も当然美味い。こちらもひとつひとつ時間を掛けてチュッチュチュッチュと吸い込んだ。そして「うまーい!」と吠えてみた。


約束通り5時前には店を出て坂を下り切り、平らな街並みを突っ切ってハーバーへ向かった。一つだけやたらと高くて、見ている者の平衡感覚をビミョウに崩す黒川紀章氏設計の門司港レトロ展望室がハーバーの向こう側で西日に輝く。


ハーバーのこっち側には向き合うような形で建築界の巨匠アルド・ロッシの手によるプレミアホテルが建っていて、赤い壁面を陽に晒している。前来たときは出来たばかりのそのホテルに泊まったのだった。前衛的すぎて少々使い勝手の悪さはあったものの、水際に建つという立地条件が上手に生かされ、窓一面が空というのは快適この上なかったし、夕方何処からかの放水が青い海面に白い放物線を描く美しい光景を部屋の中から望むという得がたい体験も用意されていた。
こうして今日一日をふり返ってみると門司港の街は外国のようだ。どこか小さなヨソの国に来ているような錯覚に陥る。神戸のバタ臭さとも長崎のオリエンタリズムとも異なる、何かしら独特の…ビックリ感のような。あえて言うなら「押し入れを開けたらそこは門司港だった」みたいな不条理が不思議に似合う。だからワクワクするのかも知れない。今回は寄れなくて次に回した旅館と某ジャズ喫茶があるのだが、そこが不思議の国への入口のような気がして、次にここを訪れる日が早くも待ち遠しくなった。

洋膳茶房にしき
所.福岡県北九州市門司区港町2-17
☎︎.093-321-2602
営.11:00~14:00、17:30~20:00
定.月曜(祝日の場合は営業)

日音-Bion-
所.福岡県北九州市門司区西海岸1-4-24
翠々ビルディング101号
(2019年6月末に新海運ビルから移転)
☎︎.093-331-3331
営.12:00~17:00
休.未定
instagram.@bion.kiyomi