季刊誌からWebマガジンに舞台を移し、
旅する料理人は美味しい食材を求めて九州を駆け巡る。
今回、旅するクーネル=井上よしおさんが向かったのは熊本県植木町。
農薬や化学肥料、除草剤を使わずに少量多品目の野菜を育てつつ、
養鶏も営みながら野菜&卵セットを個人宅配する里奏園の寄元さんの畑だ。
自給自足の暮らしを追求するその暮らしぶりに、
井上さんも多いに刺激を受けた様子。
寄元さんの野菜、卵、鶏肉を使って、
夏の暑さを吹き飛ばすスパイス料理を披露してもらう。
文・写真=坂田圭介


井上よしおさん=旅する料理人(旅するクーネル/三瀬スパイス研究所)
福岡の大名で、10年間ワイン食堂「食堂クーネル」を営んだ後、1年間の世界一周旅行へ。帰国後、佐賀県三瀬村に移住し、カレーの移動販売を始める。現在は、スパイス料理の教室や講師としても活躍中。



井上さんの顔を見ると
「ハブロフの犬」に

梅雨の時季に取材をすれば、雨が降る。当然といえば当然なのだが、それにしても容赦ない雨だった。
旅する料理人こと井上よしおさん(ややこしくて申し訳ないが、井上さんの屋号は「旅するクーネル」)が住んでいるのは、佐賀県三瀬村。山を下り、佐賀インターから長崎自動車に入り、九州自動車道へ。熊本インターの一つ手前にある植木インターまでは1時間半ほどの距離だ。その植木インターの近くに、今回訪ねる里奏園の寄元和弘さんの畑はある。インターの出口近くで待ち合わせ、井上さんと3カ月ぶりの対面。黒いエプロンと頭にバンダナという、いつものスタイルで登場だ。
「雨ですね」
「やみそうにないですね」
「やるしかないですね」
現在、井上さんはイベントに引っ張りだこである。毎週末のように、イベント会場に出没するそのバイタリティーには頭が下がる。普段は三瀬村を中心に移動販売車でスパイスカレーを提供し、週末はイベントに出店というスタイルがもう何年も続いている。その合間を縫って、インドやスリランカに行ったり、ハワイに行ったり。まさに、旅好きならではの行動力である。さらにその合間を縫っての取材だから、雨だからといって別日にするような余裕はないのである。
それにしても、条件反射というのは不思議なものだ。最近は、井上さんの顔を見ると口の中がスパイシーな感じになって、唾液が分泌される。まさに「パブロフの犬」状態だ。嫌がると思うので本人には言ってないが、井上さんの顔を見ていると、口の中がグチュグチュになって困る。何度か井上さんの料理を口にしているうちに、そんなことになってしまっていた。

前回の取材で作ってもらった、ポークビンダルー。こんなの食べたら、「パブロフの犬」になるのもわかるでしょ。さて、今回は、どんなスパイス料理が出てくるのか!

目指すのは自給自足の生活
だから少量多品目にこだわる

里奏園の寄元さんとは、10年来のお付き合いをさせてもらっている。九州の食卓の創刊号で、家庭菜園企画の先生役をお願いしたのがきっかけだ。寄元さんは熊本県玉名の出身。実家は農家だったそうだが、就農はせずに東京で就職。エンジニアとしてサラリーマン生活を送っていた。しかし、不摂生や油物の多い食生活が原因と思われる肌トラブルをきっかけに食への関心が高まり、自然食のお店に通うように。20代後半には、熊本に戻り有機農家のところで1年間の研修を経た後、新規就農を果たした。
少量多品種目の野菜と米の栽培、それと養鶏を組み合わせ、野菜セットと卵を各家庭に自ら届けるのが寄元さんのスタイルだ。栽培品目を絞り、安定した大口の卸し先を探すのも選択肢だが、寄元さんは「確かに経済的にはその方が安定するかもしれないけど、それでは意味がないんですよ」と話す。
目指すの
は、自給自足なのだ。だから少量多品目にこだわる。自分が食べたいものを作るというのも前提だ。だから、農薬や化学肥料、除草剤は使わない。
現在は、50軒ほどに野菜や卵を配達している。宅配便での発送ではなく、直接届けるのも寄元さんのこだわり。当然のことながら、卵好きの私も毎週自宅に寄元さんの卵を届けてもらっている。私の体の一部は、寄元さんの卵でできていると言っても過言ではないのだ。

寄元さんは現在53歳。28歳の時に有機農家のところに研修に。就農して20年以上が経つ

平飼いで300羽を飼育
安心卵を自ら配達

「どうも、井上です」
「寄元です」
挨拶もそこそこに、まずは鶏舎を見せてもらう。井上さんの「旅する料理人」の第一弾は放牧豚だったが(九州の食卓2018年春号掲載)、今回は卵と鶏肉、それに有機野菜が食材だ。臭いがほとんどしない平飼いの鶏舎で話を聞く。

鶏舎の内部。床は乾いた状態で、臭いもしなかった

井上 何で養鶏を始めたんですか?
寄元 研修先が野菜と養鶏をやってたということが大きいですね。それから、経費の面も。鶏を飼って、鶏糞を野菜の肥料として循環させることで、経費も少なくなる。実際、養鶏を始める前は、結構(有機)肥料にもお金がかかっていたんです。でも、一番大きかったのは、自分が食べる肉と卵を確保できるということかな。自給自足を目指す上で、肉は鶏肉があればいいと考えたわけです。
井上 世界一周の旅をしていた時に、チリのパタゴニアの農場でこう言われたんです。「牛と鶏に餌をやって、畑に水をまいてくれたら、ずっと居っていいよ」って。卵はあるし、庭先に野菜もある。羊もそこでさばいたりして。それで十分食事は賄える。食べものがあると、それだけで安心ですよね。
寄元 基本的な食べ物があると、安心だというのはとてもよくわかります。
井上 餌はどんなものを与えてるんですか。
寄元 豆腐屋さんからもらってくるおからとトウモロコシ、麦と米。カルシウム分は牡蠣殻を加えます。それから糠も。野菜くずなども入れて10種類くらいですね。
井上 卵の黄身の色は、食べるもので変わるっていいますよね。
寄元 一般的に野菜などを食べている鶏の卵は、薄いレモン色をしています。
井上 ネパールとかで食べた卵の色も薄かったですね。当時は、そんなこと知らなかったもんだから、逆にこの卵、大丈夫なんかなと心配になったくらいで。

生まれて3〜4週間のひよこ。生後半年くらいで卵を産み始める

井上 あっ、ひよこがいますね。ちっちゃいな、かわいい。ポヤポヤ。種類的にはなんというんですか?
寄元 ボリスブラウン。アメリカの交配種です。
井上 この鶏がいい理由は?
寄元 よく卵を産みます。以前、飼ってた品種の中は気性が荒ものもいて。
井上 攻撃してくるんですか?
寄元 鶏同士のツツキが多くて。お互い突きだすと、死んでしまうこともあります。それが平飼いの一番の問題点。それを防ぐためにケージ飼いされるようになり、くちばしも切られるようになったんです。
井上 卵が赤いのと白いのは品種の違いなんですか?
寄元 羽の色と卵の色は比例するんです。白っぽいのは白い卵を産みます。


井上 採卵は朝ですか?
寄元 10時〜11時頃によく卵を産みます。産み終わるのが15時くらい。それ以降は産まなくなります。だから採卵は10時と15時の1日2回行います。
井上 平飼いの場合の鶏の密度は?
寄元 1坪に10羽が目安です。それ以上になると、ストレスが溜まったりするので、密飼いはしないようにしています。
井上 臭いがしませんね。
寄元 昔は餌の中にEM菌を入れていましたが、今は納豆菌を入れています。あとは水分の管理ですね。水分が中に入らないようにすると匂わない。中で発酵しているので、手を入れるとあったかいですよ。


つづく(次回は7月20日更新予定)